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福岡地方裁判所 平成10年(ワ)1056号 判決 1999年3月29日

住所<省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

小野山裕治

東京都中央区<以下省略>

被告

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

東京都中野区<以下省略>

被告

Y1

福岡県筑紫野市<以下省略>

被告

Y2

右被告三名訴訟代理人弁護士

田中愼介

久野盈雄

今井壯太

安部隆

田原彩子

主文

一  被告山一證券株式会社及び同Y2は、原告に対し、連帯して、金八五万九四八一円及び内金七七万九四八一円に対する平成九年一一月二七日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告山一證券株式会社及び同Y2に対するその余の各請求並びに被告Y1に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告山一證券株式会社との間に生じた分はこれを五分し、その四を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告Y2との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告Y1との間に生じた分は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告山一證券株式会社は、原告に対し、別紙目録記載の株券を引き渡せ。

二  被告ら三名は、原告に対し、連帯して、金八七万九四八一円及び内金七七万九四八一円に対する平成九年一一月二七日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、(一) 被告山一證券株式会社(以下「被告会社」という。)との間の株式の買付委託契約が効力を有しないとして、不当利得返還請求権に基づき、株式の買付代金支払の担保として留置されている原告所有の別紙目録記載の株券(以下「別紙株券」という。)の返還を求めるとともに、(二) 右委託契約を担当した被告会社の社員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び同Y2(以下「被告Y2」という。)に違法行為があったことにより損害を被ったとして、被告会社に対しては民法七一五条に基づき、被告Y1及び同Y2に対しては同法七〇九条に基づき、損害賠償を求めるものである。

一  争いのない事実

1  被告会社は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ等を営む株式会社であり、被告Y1は、被告会社の福岡支店副支店長であった者であり、被告Y2は同支店営業担当社員であった者である。

2  原告は、平成九年一一月二一日午後二時五〇分ころ、被告Y2の勧誘に従い、被告会社発行の株式一万株(以下「本件株式」という。)を一株一〇三円で買い付け、代金一〇三万円と手数料一万二三五八円の合計一〇四万二三五八円の支払と株券の受渡の日を同月二七日とする旨の株式買付委託契約(以下「本件契約」という。)を被告会社との間で締結した。

3  被告会社は、平成九年一一月二七日、原告が被告会社に預託していた現金のうち、七七万九四八一円を前記買付代金の一部に充当し、原告が預託していた別紙株券を、残代金二六万二八七七円の担保として留置した(商法五五七条、五一条)。

4  本件株式の平成九年一一月二七日以降の株価は一円ないし三円となった。

二  争点

1  原告の別紙株券についての引渡請求の可否

(原告の主張)

(一)(1) 被告会社の代表取締役であったA(以下「A」という。)をはじめとする経営陣は、遅くとも、平成九年一一月二〇日には、資金繰りができず、被告会社の再建は不可能であり、証券業務の自主廃業は時間の問題であるとの認識を有しており、したがって、この時期に自社株への投資を勧誘することは、株式の反対売買が成立しない取引であることを認識していた。にもかかわらず、Aらは、右事実を隠蔽し、被告Y1及び同Y2が虚偽の情報を告げて違法な勧誘を行うのにまかせ、本件契約の次の取引日である同月二五日の株価が成立せず、無価値になることが確実に予想された自社株である本件株式を原告に売り付けたものであり、これは、被告会社の代表取締役が、原告を欺罔して、紙切れ同様の株式を売り付けたことを意味する。

(2) 原告は、本訴状により、詐欺を理由として、本件契約を取り消す旨の意思表示をし、同書面は、平成一〇年四月八日、被告会社に到達した。

(二) 原告は、前記(一)のとおり、被告Y2らの言辞を全面的に信用して、本件株式は価格が騰貴して利益を生じることが確実な株式であると認識して本件契約をした。ところが、本件株式は、平成九年一一月二五日の時点で株価が成立しない無価値の株式であることが判明した。

したがって、原告の意思表示には、要素の錯誤があるから、本件契約は無効である。

(三)(1) 仮に前記(一)、(二)の各主張が認められないとしても、被告会社は、本件契約の履行日である平成九年一一月二七日に、債務の本旨に従って正常な取引価格の成立する株式を自己の責任により引き渡すことができなかったのであるから、同被告には債務の不履行がある。

(2) 原告は、本訴状により、本件契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は、平成一〇年四月八日、被告会社に到達した。

(被告会社の主張)

(一) 本件株式の取引が成立した平成九年一一月二一日の時点においては、本件株式が紙切れ同然となっていたということはない。また、Aらは、ぎりぎりまで、被告会社の再建を目指して外資との提携等の懸命の努力を続けていたものであって、原告に対する欺罔行為に当たる事実もないし、原告を欺罔する意思もない。

したがって、詐欺の成立する余地はない。

(二) 原告は、本件株式を株式市場における相場価格で買い付けたものであって、株価について錯誤が成立する余地はない。また、原告が買い付けた時点では、被告会社は、自主廃業する予定などなかったのであるから、いずれにしても錯誤の成立する余地はない。

(三) 原告が、本件株式の買付代金を支払えば、被告会社はいつでも本件株式の株券を交付するし、右株式は、株式市場において、いつでも売買できることはいうまでもないのであるから、被告会社には、取次ぎ業者として何ら債務の不履行はない。

2  被告らの不法行為責任の成否

(原告の主張)

(一) 被告Y2は、原告に対し、平成九年一一月一九日と同月二〇日の二日続けて、尋ねもしないのに、被告会社の株価の動きを知らせ、同二〇日には、被告会社の経営不安説を全面否定し、被告会社の株式は良くなる、元に戻るのは目に見えているとさらに突っ込んだ自社株の話をした。被告Y2は、原告に対し、翌二一日午後二時三〇分ころに電話をかけ、ソロモン証券等の外資系証券会社が被告会社の株式を大量に買っていること、連休である同月二二日ないし二四日のいずれかの日に、被告会社と外資系証券会社との提携が発表され、被告会社の株式は同月二五日は買い気配で取引が始まり、価格が騰貴するという情報を伝えた上で、「一〇三円で買える。今買わないと買い時を失う。」と言って、本件株式の買付けを勧めた。

右勧誘行為は、事実に反する虚偽の表示をし、かつ、株式投資の合理的な判断のために必要な重要事項について、原告の誤解をもたらすことを告げたものであって、取引に伴う危険性について原告の正しい認識の形成を妨げる違法な行為というべきであり、また、自社株の価格の騰貴が確実であるという断定的な判断を提供して投資を勧誘した点においても違法である。

(二) 被告Y1は、平成九年一一月一四日、原告に対し、尋ねもしないのに、自社株の株価の状況を説明し、新聞報道等が伝える「飛ばし取引」や債務の簿外処理はすべて事実無根であり、被告会社に対する中傷に過ぎないとして、原告に被告会社を信用させ、被告Y2をして、原告に対する前記買付けの勧誘行為をすすめさせ、又は、これを容認した。

(三) 被告会社は、被告Y1及び同Y2の違法行為について使用者としての責任を負う。

(被告らの主張)

被告Y1及び同Y2には、虚偽の表示を述べた事実はないし、虚偽の表示をしたという認識の可能性もない。また、被告Y2が、断定的判断を提供して勧誘した事実もない。

被告Y2は、株価推移及び出来高といった客観的、明白な相場状況を連絡したに過ぎないものであり、また、あくまでもマスコミ等の情報に基づく一般的な見通しを述べたものである。原告は、昭和五六年四月から被告会社において株式取引を始め、すでに少なくとも一六年間余の株式取引経験を有しているのであるから、証券会社の営業員の見通しが、あくまでも見通しに過ぎないものであり、必ずしも当たるとは限らないことを熟知していたことは明白である。

3  原告の損害の発生及び額

(原告の主張)

(一) 委託保証金の無断引き下ろしによる損害ないしは本件株式の株価下落による損害 七七万九四八一円

(二) 弁護士費用 一〇万円

(被告らの主張)

原告の主張は争う。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実に、証拠(甲一ないし三、四の1、2、五の1ないし3、六の1、2、七ないし一六、乙一ないし三、四の1ないし8、五の1ないし9、六ないし一二、一三の1、2、一四、原告、被告Y2、同Y1)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、乙一四号証及び被告Y2本人尋問の結果中、この認定に反する部分は採用しない。

1  原告(X)は、一五年間勤務した電気工事の会社を退職した後、昭和六一年四月から、中学校の用務員として就職し、現在に至っている。原告は、昭和五五年ころ、新日本証券で株式の現物取引を一度だけ行った後、昭和五六年四月ころから、被告会社において、株式の現物取引を開始し、平成二年二月一日時点においては、四銘柄の株式をそれぞれ一〇〇〇株ずつ保有していた。その後、原告は、同年三月及び平成三年二月に一〇〇〇株ずつ、新規に株式を買い付けた後、平成六年一二月に株式を一〇〇〇株買い付けるまでの間、株式取引を行っていない。その後、原告は、新規に、平成七年二月、同年九月及び平成八年二月に一〇〇〇株ずつ株式を買い付け、他方、平成七年九月及び平成八年二月に一〇〇〇株ずつ保有株を売り付けた他は、同年七月末日までの間、株式の取引は行っていない。このころまでの原告の株式取引は、堅実な銘柄を一〇〇〇株単位で少しずつ買い付け、これを長期間にわたり保有するというものであった。

被告Y2は、平成四年四月、被告会社に入社し、平成六年一二月、同社福岡支店に赴任し、法人課で勤務していたが、平成八年八月から同支店の個人営業部に配置換えとなり、原告の担当となった。

原告は、担当が被告Y2に替わってから、同被告から頻繁に電話連絡を受けるようになり、平成八年九月以降、被告Y2の勧める銘柄を中心に、被告会社を通じて行う証券取引の回数も急に増え、後記信用取引を開始するまでの間、株式の新規買付けを六回行っている。

2  原告は、平成九年(以下、年月日については、特に記載しない限り、平成九年を意味する。)に入り、被告Y2から、日本の株式の相場状況を考えると、信用取引の空売りが利益を上げる有効な手段であるとの説明を受けて、株式の信用取引を強く勧められ、保有株式を現金化し、不足分は代用証券で補うなどして、一〇〇〇万円に相当する委託保証金を用意した上で、一月一三日、信用取引口座設定約諾書を作成して、被告会社を通じて、初めて株式の信用取引を開始した。その後、原告は、株式の信用取引を多数回にわたり行ったが、六〇〇万円近い損失を出し、委託保証金に不足を生じたため、一〇月七日、取引を中断した。

3  一一月一四日、被告福岡支店における原告の信用取引の面接照合の席上、被告会社の飛ばし取引のことが話題となり、同支店の支店長代理であった被告Y1は、原告に対し、被告会社の株価が下がって、心配をかけているが、マスコミの報道する飛ばし取引については一切聞いていないので、今後とも安心して被告会社を通じて取引を行って欲しいと説明し、被告Y2は若いが、真面目な人間であり、一生懸命やっているからよろしくお願いしますとの話をした。被告Y1は、原告から、信用取引に関する「お預かり残高等照合書控」に署名、押印して貰った後に退席したが、その後、原告は、同席していた被告Y2から、委託保証金が五〇〇万円あればオプション取引が可能であるとの説明を受けて、同取引を勧められた。原告は、前記損失を生じていること等の事情から、一旦は、右取引を行うことを断ったが、被告Y2から、実際に取引するか否かは別にして、口座だけは開設するように勧められ、とりあえず、口座を開設することにした。

4  一一月一九日、原告は、被告Y2から、電話で、被告会社の自社株(以下「山一證券株」という。)の取引が九九円で始まり、途中、最安値五八円をつけ、六五円で終わりそうであるし、出来高もかなりできているとの連絡を受けるとともに、オプション取引を勧められた。翌二〇日にも、同被告から、再び、電話があり、オプション取引を勧められるとともに、山一證券株の株価について、七五円の買い気配で始まり、高値が八五円、安値が六五円で、八〇円で終わりそうであるし、出来高もかなりできているとの連絡を受けた。

同月二一日(金曜日)午後二時三〇分ころ、原告は、被告Y2から、電話連絡を受け、出来高についての説明を受けるとともに、山一證券株の株価は一〇〇円前後であるが、この値段は株価が下落し始めた時(同月五日)の株価(二三〇円)の半分以下であり、被告会社は、同月二二日から始まる連休中に外資系の証券会社と提携することになっており、連休明けの同月二五日には山一證券株の株価は買い気配となって値段が付かない程の状況で取引が始まるから、今買わないとこれまでの損失回復のチャンスを失う旨の説明を受けて、右株式の買付を強く勧められた。原告は、これまでにも被告会社と外資系企業との提携の動きについては噂としては知っていたものの、被告Y2から、同被告が勤務する被告会社に関する具体的な情報の提示を受けたことからこれを信用し、これまでの被告会社を通じての株式取引で出した多額の損失を取り戻したい気持ちも手伝って、右勧誘に従い、山一證券株を買い付けることに決め、同日午後二時四三分、右株式一万株の買付注文を出した。なお、右取引は、現物取引の形を取ることになったが、買付代金については、原告が信用取引に伴い、被告会社に預けていた委託保証金を充てることになった。

5  ところで、一一月一九日の時点において、被告会社のA社長は、大蔵省の担当者から自主廃業を前提に準備することの選択を求められており、翌二〇日には、会社更生手続の申請を模索したが、再び、大蔵省の担当者から同月二四日には大蔵省として「飛ばし」を発表し、業務停止する予定である旨告げられた。翌二一日午前八時三〇分から始まった被告会社の取締役会においては、「飛ばし」の公表の可否を巡って、取締役間で意見が別れた。同日夕方には、米国の有力格付け機関(ムーディーズ)が被告会社を投資不適格に格下げすることを発表し、週明けからの資金繰りに重大な影響を及ぼすことが必至となり、午後七時より再開された取締役会においては会社再建の方向性について結論が得られず、含み損について再建策とセットで休日明けに開示することや休日間に資金繰り等のために懸命に動くこと等が決められた。もっとも、右席上において、大蔵省から自主廃業の選択を迫られていることについての報告は行われなかった。翌二二日、日本経済新聞朝刊が「山一證券自主廃業へ」との記事を掲載し、ほとんどの役員及び社員は初めて「自主廃業」という言葉を知った。同日午前八時より開催された臨時取締役会において、初めてA社長より経緯についての詳細な報告と自主廃業以外の選択肢は極めて難しい状況にある旨の説明が行われたが、自主廃業を選択することについては、多くの取締役から強い異論や反論が出された。その後、役員の会合が開かれるなどしたが、同月二四日午前六時より、臨時取締役会が開催され、自主廃業に向けた営業停止等の決議が行われ、同日午前、大蔵大臣に自主廃業に向けた営業休止の申請を行い、同日、大蔵大臣より、証券取引法五四条二項に基づく「業務の方法に関する制限」「会社財産の保全のための財産管理の制限」の命令が出された。

なお、被告会社は、外資系の会社との提携についても、九月下旬ころから努力を続けてきたが、一一月一九日ころまでには、提携の実現は困難な状況になっていた。

6  被告Y2及び同Y1は、一一月二二日朝、新聞で被告会社の自主廃業に関する報道が行われたことを知ったが、自主廃業という言葉自体、初めて聞くものであった。原告も、同日午前中に、被告Y2から右報道についての電話連絡を受けた後、日本経済新聞を読んで、初めて、被告会社の自主廃業に関する事実を知った。

その後、山一證券株は、連休明けの同月二五日、売り気配のまま値段が付かず、同月二七日には株価が一円となった。

7  被告会社は、山一證券株の買付代金一〇四万二三五八円(手数料を含む。)のうち、委託保証金を充当した後の二六万二八七七円が未払となっていることから、代用証券として原告から預かっていたスペース株一四〇〇株のうち、六〇〇株を留置している。

二  原告の別紙株券についての引渡請求の可否について(争点1)

1  前記一5認定の事実によれば、本件契約に基づく株式取引が成立した一一月二一日午後二時過ぎの時点においては、被告会社としては、自主廃業の選択を迫られていたものの、未だ、最終的な意思決定は行われていなかったのであるから、被告会社の代表取締役の原告に対する欺罔行為並びに欺罔意思の存在を認めることはできない。

したがって、原告の詐欺の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  前記一認定のとおり、本件株式の株価は、取引成立の翌取引日に下落したものであるところ、本件契約時点において、既に、右下落の要因が存在していたということもできる。しかしながら、取引の際に存在していた要因により、その後の株価が変動することは、通常、株式取引に内在するものであって、これにより、株式取引ないしは株式の買付委託契約が要素の錯誤により無効となると解することはできない。

したがって、本件株式の価格が騰貴して利益を生じることが確実な株式であると認識して本件契約を行ったところ、契約後、株式が無価値となったとして、要素の錯誤をいう原告の主張は理由がない。

3  さらに、前記一認定のとおり、被告会社は、原告の委託を受けて、その委託の趣旨どおり、本件株式の買付を行っているのであるから、同被告には何らの債務不履行は認められない。

したがって、原告の債務不履行の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

4  したがって、本件契約が効力を有しないことを前提にする原告の別紙株券についての引渡請求は理由がない。

三  被告らの不法行為責任の成否について(争点2)

1  前記一認定のとおり、被告Y2は、原告に対し、一一月一九日と翌二〇日の二日続けて、自分の方から、山一證券株の値動きについて連絡し、同月二一日には、同株式の値段が同月五日に下落を始めた際の株価(二三〇円)の半分以下であること、現在、被告会社には、連休中に外資系の証券会社と合併する動きがあり、同月二二日から二四日までの連休の明けには右株式の株価は買い気配となって値段が付かない状況で取引が始まること、したがって、今買わないとこれまでの損失回復のチャンスを失うとの趣旨の説明を行い、右株式の買付けを強く勧めたこと、原告は、被告Y2の提示した情報を信頼し、これまでの株式取引の損失を回復したい気持ちも手伝って、右勧めのとおり、右株式を買い付けることに決めたことが認められる。

右事実によれば、被告の右勧誘行為は、証券取引法五〇条一項一号の「有価証券の価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為」に該当するといわざるを得ない。

そして、前記一認定のとおり、被告Y2は、本件株式の価格が騰貴する要因として、連休中における被告会社の外資系の証券会社との提携の情報を伝えているが、本件株式が被告会社の自社株であることを考えれば、原告が、右情報を単なる一つの判断材料の提供としてではなく、極めて有力かつ確実な内部情報として受け止めたとしても何ら不思議ではないし、右情報自体、本件契約時点において、実体とは異なる不正確なものであったのである。これらの事情に、前記一認定の原告の株式取引の経験、特に、被告Y2が担当となった後の原告に対する一連の勧誘行為とこれに伴う原告の取引内容の変遷、原告の職業等を併せ勘案すれば、右勧誘行為は、社会的相当性を逸脱し、私法上も違法性を有するものと解するのが相当である。

そうすると、被告Y2及びその使用者である被告会社は、原告に対し、本件株式の取引により原告が被った損害を賠償する責任がある。

2  他方、前記一3で認定した被告Y1の原告に対する言動を前提にすれば、同被告が、本件株式の取引に際して、原告に対し、違法な勧誘行為を行ったとまでいうことはできず、かつ、同被告が、被告Y2の前記違法な勧誘行為を容認していたことを裏付けるに足りる証拠もないから、被告Y1には、原告に対する不法行為責任を認めることはできない。

四  原告の損害の発生及び額について(争点3)

1  本件株式の平成九年一一月二七日以降の時価が一円ないし三円であることは当事者間に争いがないから、原告は、本件株式の取引により、少なくとも同人の主張する七七万九四八一円の損害を被ったものと認めるのが相当である。

2  原告の請求額、認容額、本件事案の内容等に照らせば、本件不法行為と相当因果関係のある損害としては、八万円が相当である。

第四結論

よって、原告の本訴各請求のうち、被告会社に対する別紙株券の引渡請求については理由がないから棄却し、被告ら三名に対する損害賠償請求については、被告会社及び被告Y2に対し、金八五万九四八一円及び内金七七万九四八一円に対する不法行為後の平成九年一一月二七日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋亮介)

<以下省略>

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